君はこの星の外から

地上の人間なりに、それでも君を愛していたい

わたしの9月18日(1ねんめ)

こんばんは、いつもお世話になってます。ぺんこです。
今夜は、JupiterとJupiterにかかわる皆さまにむけて、
短いラブレターをしたためることにしました。

 

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2018年9月17日、つまり1年前の今日、わたしは、わたしのTwitterのアカウントを作りました。

Pとしてもファンとしても日は浅かったけれど、「9月18日」がJupiterにとって特別な意味を持つ日であることは知っていました。だから、

「Jupiterを応援するアカウントとして、その『9月18日』に参加してみたい」

そんな思いで、律儀に1日前にアカウントを用意し、日付が変わる瞬間を待っていました。

 

しかし当時のわたしは、彼らに向けて、「おめでとう」の言葉しかもちあわせていませんでした。

Jupiterに向けたハッシュタグを巡れば、どのツイートにも色んな愛が詰まっていた。
どれもこれも眩しくて仕方なかった。
わたしよりももっと早く/たくさん、彼らを愛している人達がこんなにもいるんだと、
しあわせと、寂しさと、「わたしは、彼らに何ができるんだろう」の想いとで、ひどくそわそわしました。

わたしにとって、「2010年9月18日」はあまりに過去で、遠いものです。


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1年前の明日に抱いたその気持ちは、今日もたいして変わりません。
彼らが辿ってきた9年丸ごとに想いを馳せるのが難しいことは、今もぜんぜん変わらない。


けれど結局のところ、わたしが今この時代に翔太くんに、Jupiterのみんなに出会ったこと、
彼らの歌やダンス、姿、そして生き様をすきだと思ったこと、
彼らの存在がわたしの毎日に溶け込んで、世界が鮮やかに変わってしまったこと、
それだけは、もう、どうしようもなく事実なのでした。

彼らを知らない空白の数年間に対する無力さや、
彼らへの愛の伝え方の稚拙さや、いろいろ問題は有るけれど、それでもどうしようもなく、わたしは彼らのことが好きなのです。ほんとうにどうしようもない。

 

わたしが今年の明日、持ち合わせている言葉は
「おめでとう」ではなく「ありがとう」だと感じています。

どうしようもない「好き」を教えてくれたJupiterのみんなにありがとう。
9年間、いろいろな形でJupiterを支え、守って、
わたしにこの出会いを届けてくれた、Jupiterに関わるみなさんにありがとう。
この1年、Jupiterについてたくさんお話してくれたフォロワーのみなさんにありがとう。

世の中はあいも変わらず不条理な事ばかり起こるし、
かなしいことも辛いこともあるんだけど、Jupiterとわたしのこの1年は紛れもなくしあわせだった。


……何だかかなりクサい言葉ばかり並んでしまうけれど、誕生日も記念日も、お正月でもクリスマスでもなんでも、そんなしあわせを定義するためにあるんだって、誰かが言っていたような気がするから、今日はいいのです。


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さて、気が早いけれど、来年の明日はなんと10周年になるんですよね。
来年の明日には、バンナムフェスも5thも終わってて、なんとJupiterの新曲だって出てる。
すごい。ほんとうにすごいことだ。

 

2020年9月18日。わたしがどんな言葉を持ってその日を迎えるのか。
今から、それがとても楽しみです。


…………9年目も一緒に、がんばっていこうね!

天ヶ瀬冬馬の祝福と呪い─ある翔太Pのアニバイベ雑記

 

天ヶ瀬冬馬くんの「特別」には、誰もなることができないのだと、わたしはずっと思っていた。
何故なら、天ヶ瀬冬馬くんは神さまだからだ。


誇張ではない。天ヶ瀬冬馬くんは神さまだ。(2回目)
事実、Jupiter学会*1では天ヶ瀬宗教論の研究論文*2がよく報告されているし、
つい先日も一般男性*3から、フィールドワークに基づく知見が発表されたばかりだ。

 

件の一般男性が表現したように、天ヶ瀬冬馬くんは「雲の上の太陽」である。
たとえ雲に隠れてしまって、彼の姿そのものが見えなかったとしても、そこに輝きがあると信じさせ、その輝きを見たいと渇望させる。

天ヶ瀬冬馬に関わってしまった人間は皆もれなくそうなってしまう。
それが同業者のライバルでも、ファンでも、プロデューサーでも、
…………そして、御手洗翔太でも、伊集院北斗でも。
暴力的で、一方的で、でも眩い、無償の愛。それが天ヶ瀬冬馬の神格だ*4


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さてここからが本題。担当、御手洗翔太くんの話をしたい。

御手洗翔太くんの物語は、天ヶ瀬冬馬との出会いの物語であり、
無慈悲に与えられた憧れを求めて、必死に手を延ばし続ける物語だ。


「お姉さんが勝手に応募したオーディション」。
そんなテンプレートな「運命のいたずら」によって引き合わされた天ヶ瀬冬馬によって、
翔太はアイドルの世界に導かれ、翔太の心には憧れの種が蒔かれ、それは夢になった。

 

翔太はまだ14歳だ。
こころもからだも未成熟で、それでいて多感な14歳。
そんなゆらぎの中で与えられた圧倒的な輝きは、きっと翔太の見る世界をすっかり変えてしまったんだと思う。
だから、翔太は、冬馬に手を延ばし続けることをやめられない。
なんて無慈悲。でも、そういう物語だ。

 

もっと残酷なのは、翔太が冬馬と同じユニットだということであり、
それがあくまでも偶然によってもたらされているということだ。
歯車の目の噛み合わせが少しでも違っていたら、きっと冬馬の隣に立っているのは翔太ではなかった。
あの「目つきの悪いアイドル」は他でもない翔太だったかもしれない。

天ヶ瀬冬馬は神さまなので(3回目)、きっと翔太が(北斗が)いなくても、
アイドルであり、天ヶ瀬冬馬なのだ。残酷だ。

 

 

……「Jupiterは強いよね」と、色んな人に言われてきた。
でも、ひとたびステージを降りてしまった彼らは、強くなんてない。寧ろ脆い。

私はずっとそう思っていた。
5thアニバを迎えるまでは。

 

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「この3人だったからこそ、キツい時も乗り越えられた」
「改めて言うのも照れ臭いけどよ…ついてきてくれて、本当にありがとな。」

アニバーサリーイベントの準備に砕身する傍ら、夜の事務所。
ぽつりぽつりと、翔太と北斗に思いを打ち明ける冬馬。

冬馬が選びに選んで告げた言葉は、素朴で、飾り気のない、シンプルな感謝の言葉だった。
内容だってそうだ。ドラマティックな話じゃない。それこそ、「今更」のハナシだ。


だけど、冬馬がやっと、そのことを言葉にして、声にした。
3人でよかったと。他の誰でもない、翔太と、北斗と。この3人でいられたからと。
私達はその言葉を、多分ずっと願っていたんだと思う。


天ヶ瀬冬馬が、無償の愛を携えた神だとしても。
翔太と北斗とJupiterに、特別な愛を与えてほしかった。
翔太と北斗とJupiterが特別だと言ってほしかった。
たとえ出会いが偶然の産物であっても、それでも2人と出会えたことが良かったと、
翔太と北斗とJupiterを選び直してほしかったのだ。

 

 


印象的なシーンがある。

「ねえ。合宿の時のこと、覚えてる?
冬馬君、Jupiterの絆はWにも負けてない!って言ってたよね。
僕も、けっこう本気でそう思ってるんだよ。北斗君もそうでしょ?」

 

冬馬が思いの丈を零したあとの翔太の台詞だが、
何というか、返歌の趣すら感じてしまう。
たぶん、合宿中にそれを聞いて、翔太は本当に嬉しくて、わざわざ覚えておいたんだ。そしてそれを、冬馬の精一杯の言葉に返す。

『あなたの言葉を覚えています』

翔太は、愛の伝え方を良く知っている。 


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神に選ばれること。

そんなことがこの世で本当に起こるのかどうか、私にはとても分からないけれど、
もしあるとすれば、きっとそれは祝福であり、呪いなんじゃないかなと思う。

神と共に往く権利は、まぎれもなく祝福だけれど、
その道程のなか味わうことになる、隣にいても決して届かない事実の蓄積は、呪いだ。

 


……だけどさあ、翔太と北斗はもう逃れられないだろうなあ。
なぜなら彼らのはじまりは、どこまで行っても、天ヶ瀬冬馬への憧憬に尽きるから。

……ああもう、ほんとうのほんとうに罪な男だ、冬馬くん。
しょうたの情緒をこんなにしやがって。

でも、そんな葛藤の中で、冬馬の輝きに手を延ばすしょうたのことがわたしは好きなのだから、
もしかしたら共犯者みたいなものなのかもしれない。……うーん。

 


あっ、そうだそうだ、冬馬P各位はアニバイベ本当にお疲れさまでした。
ところで今回のSR冬馬くん、
"まるで翔太と北斗にしたのと同じように"Pさんにも、「特別を与え」ているように見受けられるんですが、そこのところ、どうなんでしょうか。冬馬Pさん達の論文を待ちたいところです。よろしくお願いします。

 

 

語ることも尽きてきてしまったので今回はここまで。
私は、しょうたが幸せならそれが一番幸せなので、冬馬くんの言葉に顔をほころばせるしょうたが見られて、本当にしあわせでした。ありがとうアニバイベ。

これからも一緒に、がんばっていこうね!

*1:タイムライン

*2:長文ツイあるいは連ツイ

*3:「目つきの悪いアイドル」氏。Side Memoriesをよろしく

*4:但し天ヶ瀬の神性は確実に変化している。それは「BANG×BANG」→「HAPPY×HAPPYミーティング」の歌詞からも明らかで……この話はまた別のエントリにしよう

未成熟なよりしろ―ある翔太PのsideM4th雑記

セブンのごぼう和風サラダ(新商品)とKIRINのビターチューハイをおともにし、PCに向かっている。

数時間前、4th2日目に現地参加してきた。前記事*1でも書いたように、これがわたしの人生における「初現地」であった。一言で言えば、ただ純粋に最高だった。

けど本当のところは、今のわたしの心には「事前にまったく予想していなかった気持ち」が芽生えていて。それを早く確実にことばにしたくて、あらゆる飲み会やご飯を断って帰宅してしまった。みんなすまない、ありがとう。

 

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SSAの会場に足を踏み入れたときのその瞬間。比喩ではなく私は泣いた。

どこまでも広い会場、天井、無数の客席。それらをゆったりと照らしゆくスポット。

そのすべてが、これから始まるステージ、翔太たちの為にしつらわれたものなのだと思うと、涙があふれてきた。同行者がいたので自重していたけれど、彼女が席を立ったとき、わたしはまたこっそり号泣した。

MTWがはじまればまた泣いた。夢色VOYAGERも泣いた。そんなだから、もう私はペンライトを振りながら、今日の完全敗北を悟っていた。

……きっと今日は泣き通しになる。からだじゅうの水が空になるまで泣き尽くしてしまうんだろうなと。

 

 

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でも、その悟りはあっけなく終わってしまった。

《M4:千客万来ニーハオサァカス!》

言わずもがなの翔太歌唱曲。

だから、曲冒頭の銅鑼の音(どぉぉぉんってやつ)が鳴ったと脳が理解した瞬間、わたしは一気に”ぶち上がって”翔太色のペンライトを掲げた。

……のだけど。

 

『あ、禎丞さん、いま大丈夫だったかな……?』

 

目で追っていた禎丞さんがよろけた。

千客万来は激しいというよりは、制止で魅せるダンスだ。ダンスにおいて、キレイに制止する振りの方が難易度が高いというのは良く聞く話。だから、MVを見たときから「これライブで出来るかな~」とわたしは度々気にしていた。そのことを思い出した。

 

……とか考えている間に、禎丞さんがまたふらついた。

2回目を認識したそのときから、わたしの中の何かがぱちんと明らかに切り替わった。

 

「……禎丞さん、いけ、がんばれ」

「できる、いける!いけるよ!!」

ペンライトに謎の念を込めはじめるようになった。翔太歌唱パートではこころの中で一緒に歌った。

ぼろぼろ溢れていた涙は止まった。

 

 

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次に禎丞さんを見たのはメンタル曲だった。わたしはバックステージに近い席だったので、モニタに頼ることなく禎丞さんをただ見つめていた*2

 

ガン見して分かったことだけど、禎丞さんは左右の振りがとても大きい。腕を回したり、サイドステップしたり。そのひとつひとつをすごく大きく表現する。

 

……のだが、多分そのためだろう、フリ後の復帰が遅れたり、反動でふらついたり、そういうブレみたいなものが確かにある。

それでも、わたしには分かった。彼がしたいことがわかってしまった。

『だって翔太なら左右の振り大きい筈だもんね』

ね。小さい身体から長い手足をぴんと延ばしてパフォーマンスする。周囲の空間すべてを翔太のものにするように、届く範囲すべてに四肢を延ばす。翔太ならそうする筈だ。

 

フリが少ない時には右足でリズムを刻んでいる禎丞さんもいた。

これもよく分かった。

『だって翔太なら余裕ある時、自由にアドリブしてダンスしちゃうもん』

 天才ダンス少年だぞ。目立たない小技をわざわざ仕込んでファンのみんなを沸かせる。ああ、翔太ならやるだろう。

 

禎丞さんのJupiter愛、翔太愛が強いのは以前から度々耳に目にしていた。彼は、その愛そのものを、翔太を、有り余るすべてを、その身全部に「宿そうと」してくれている。

 

御手洗翔太は絶対に千客万来でふらつかないし、でかいフリしても余裕だし、あと汗を315リットルもかかない」

それは確かにそうだ。だから禎丞さんは御手洗翔太の完全なよりしろじゃない。

だけど。

 

震える手を差し延べる。

震えてもなお、その手を差し延べる。

彼の姿を目の前で見て、御手洗翔太のよりしろにふさわしいのは、誰でもなく禎丞さんしかいない。わたしはそう思った。

 

 

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グロリア、本当にカッコよかった。

Wちゃんラジオで神原おにいさんの熱い想いを聞いてたから、お披露目してもらえて嬉しかった。

 

グロリアでもDtGでも、Jupiter曲が来たら泣いて、とにかく駄目になるんじゃないかと思っていたけれど、前述の気持ちになっていたわたしは、一切泣かなかった。イントロでグロリアを認識した直後、手際よくUGを数本取り出して膝で折った。Wow…のところはフェスよろしく声を張り上げた。

 

じゅぴらじ宣告通りのスタンドマイクパフォーマンス。続けざまに炎が打ち上がる。王者の名に恥じない純粋で圧倒的なカッコよさ。若さ迸る熱い歌唱。向かい風に逆らう覚悟。魂の炎。彼らは、魂に炎を灯し、魂を燃やすことのできる惑星だ。

 

急上昇する会場のボルテージ。わたしの精一杯のコールがかき消されてしまうほどの声量。ペンライトの波。一面の緑。体感10秒の4分36秒。

 



 

Gloriaとは

 

 

主な意味 (祈祷(きとう)書 中の)栄光の聖歌、頌栄(しようえい)、グローリア
https://ejje.weblio.jp/content/Gloria

 

GLORIA MOMENTは、栄光のための聖歌*3

ふたたびJupiterがトップに手を延ばす宣戦布告。

 

Jupiterがカッコいいのは当たり前だった。冬馬は、北斗は、翔太は、今もその身を焦がし栄光を目指す。そんな3人の全てを、てらしくんは、神原おにいさんは、禎丞さんはその身に宿そうとし、彼らもまた身を焦がす。冬馬と北斗と翔太の炎がどんなに大きくても、たとえ実在のその身に適わぬ大きさでも、いや、だからこそ一層身を焦がす。

ならば、わたしに泣いているいとまなど無い。

小さな炎でも、わたしもこの身を焦がしたい。

それはきっと決して向かい風なんかで消えてしまわない炎。

 

 

ライブ前のわたしが最も勘違いしていたこと。それは禎丞さんはじめキャスト陣が完璧なよりしろとしてアイドルを実在させ、わたしがそれを一方的に享受しようとしていたことだ。

一緒に声を上げ、一緒に体を動かして、そして一緒に魂を燃やす。一緒の空間で吸った酸素を熱に変え、光に変える。それが、アイドルを、翔太の心を、翔太そのものを形作ること。それを一緒にすること。きっとそれがほんとうの「ライブ」。

 

 

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ここまで散々、なかじゅぴの皆さんの話を繰り返してしまったが、わたしもまた未成熟だ。成熟したプロデューサーはそもそも会場入りで泣いたりなんかしない。ちょっとしたことで情緒はぐちゃぐちゃになるし、すぐ泣くし、取り乱す。彼らに抱かされる想いの大きさにわたしのこころが耐えられなくなるのだ。我ながら器が小さい、小さいにもほどがある。つまりわたしも結局のところ、未成熟なよりしろだ。

 

だけど、それでも、恐れることなく精一杯に愛を叫ぼう。

ただ好きだと叫び続けよう。

ひたすらに魂を焦がして、走り続けよう。

冬馬に、北斗に、てらしくんに、神原おにいさんに、

翔太に、禎丞さんに振り落とされないように。

もっといろんな人に翔太を、Jupiterをすきになってもらえるように。

 

 

それが、4thで魂を焦がしてくれた禎丞さんへのわたしなりの回答だ。

そして、待っていて、「御手洗翔太」くん。

 

 

 

 

 

……こうしてひとつやっと理解して、

わたしはやっと今さら、1stのあの言葉を噛みしめている。

禎丞さんがわざわざ選んで放ったあの言葉。いま、それを全力で信じます。

 

 

「一緒に、がんばっていこうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

(おしまい)

//5.13 04:00 :第一項

//5.13 22:00 :大幅改稿

*1:https://callofangels.hatenablog.com/entry/2019/05/08/191531

*2:4thは会場前後の2ステージ構成。メインステージから離れていても、バクステを楽しめる良い工夫だったと思う

*3:因みに「頌栄」とは三位一体の神を讃える歌、の意。三位一体?3人…?考えすぎか

4thに参加する緊張でつぶれてしまいそうなポエム

じぶんの胸のあたりからなにかの内臓が膨らんで肺をぎゅうぎゅう圧迫してくるようなきつい感覚、いわゆる息苦しさなのかな、とにかくそれが止まらない。

理由は分かっている、絶対に4thライブだ、間違いない。

 

思えば昨日まで、わたしはあれやこれや忙しなく動き回ってライブの準備をしていた。Jupiterらしいアクセサリーを購入して、それに合うような服を買って。ぬいたちを運ぶかばんを作って、名刺におみやをはさみこんで。曲もいつもの5割増しで聞き込んで、Twitterにネタツイじみた感想を書き込むなどした。でもそれが、すっかり済んでしまった。

 

そうしたら、一気に例の息苦しさが襲ってきて、はじめてわたしは、じぶんがひどく緊張していたんだということに気がついた。

 

 

このブログは、4th以降に感想を書く用に開設した。これもまた、事前に計画していたライブの準備のひとつだった。

はじめてのエントリは明るくて楽しいものにしたくて、さっきまで、先日の横須賀イベの感想などを必死に書いていた。

けれど、書いても書いてもしっくりこなくて、ふと読み返したら、無理して書いたようなネタばかりが詰め込まれていて、書くのをやめてしまった。

 

 

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多くの諸先輩方がそうであるように、わたしもまたsideMに人生を救われてしまった人間だ。

sideMに出会うまでの1年間は本当に大変だった。しんどいことが沢山あった。

でも、sideMに出会って、アニメを見て、ゲームをして、御手洗翔太くんに出会って、それからの1年は本当にしあわせだった。わたしのしあわせの側にはいつも翔太くんがいた。

だから、4thの2日目のチケットが当たった時、本当の本当に嬉しかった。

やっと、君に会いに行ける。

 

 

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わたしは、ぬいぐるみの翔太くんたちにお洋服を編むのが好きだ。

あれは本当にいいものだ。

デザインを考えるとき。毛糸やボタンを選ぶとき。かぎ針を毛糸に通していくひとめひとめ。お洋服を着たら写真撮影はどうしようか。背景は、小物は?

そうやってお洋服を作って着せるまで、わたしはゆっくり、じっくり、時間をかけて、翔太くんへの思いを消化することができた。

「いま、プロデュースしている」と実感をもつことだってできた。

 

それから、ぬいぐるみであるということも良かった。

ぬいぐるみは喋らないし、幾分デフォルメされているから、そのおかげでわたしの思いもだいぶまろやかなものになっていた。

(もしかしたら、日本史で出てくる手のひらサイズの仏像を彫っていた人も、そんな感じの気持ちだったのかもしれない。日本史詳しいひとに怒られるだろうか。)

 

 

でも、ライブは違う。

イヤホン越しに聞いていた曲たちが、直に振動としてからだに響くんだろう。

そして、サイリウムの向こうのステージに、究極のよりしろ、御手洗翔太という概念の究極のよりしろを見ることになるんだろう。

 

それをかんがえたら、わたしは例の緊張で今にも倒れてしまいそうになる。

今もからだの内側からのなにかに潰されてしまいそうだ。

 

 

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さらに悪いのは、わたしはsideMの現地どころか、アイドルイベントやコンサート、声優さんのイベント、そういった類のものに現地参加するのがはじめてだということだ。

当然SSAの会場なんて知らない。広さも、高さも、音も、振動も、光も、みんなの声も、何も知らない。未知。

 

ふだんの人生で、完全な未知なんて他にあっただろうか。

大学生になったとき?ひとり暮らしをはじめたとき?上京したとき?就職したとき?

ぜんぜんだ。緊張はしたけど、どんな気持ちになるかの想像はついていたと思う。

人間関係が変わったときだろうか。ぜんぜん、それも違う。

感情的になることはあったけど、それだって織り込み済のストーリーみたいなものだ。

 

 

だから今回は一生に一度のとくべつ。

本当にはじめての場所で、わたしは本当にたいせつな瞬間を味わいに行く。

 

 

そのあと、わたしはどんな気持ちになっているんだろう。

生きてるのか、死んでるのか、泣いてるのか、はたまたテンションアゲアゲになってるのか、未知だ。

 

 

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幸運なことに、同行者がいる。

ずっと昔から北斗くんが大好きな女の子だ。

面倒見が良いやさしいひとだから、わたしがつぶれてしまいそうになったらきっとたすけてくれると思う。ひとりじゃなくて、よかった。

さらに幸運なことに、4thの次の日、 つまり13日、有給休暇が取れた。社会生活が駄目になることはなさそうだ。よかった。

 

 

 

 

 

……翔太くん、強くてやさしい君のことだから、こんなへなちょこなプロデューサーを見たら、「仕方ないなあ」って笑ってくれるんだろうな。

大丈夫、あと数日、わたしはちゃんと生きて君に会いに行くよ。